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神戸地方裁判所姫路支部 昭和37年(ヨ)21号 判決

申請人 下道清一

被申請人 牡丹湯こと 齊明寺利男

主文

被申請人が昭和三十七年三月十三日申請人に対しなした解雇の意思表示は本案判決確定に至る迄其の効力を停止する。

被申請人は申請人に対し昭和三十七年三月三十一日から本案判決確定に至る迄毎月末日に金弐万壱千円を支払わなければならない

被申請人は別紙目録記載の四畳半の間(添付図面赤斜線部分)を申請人が使用することを妨害してはならない訴訟費用は被申請人の負担とする

(注、無保証)

事実

申請人訴訟代理人は主文同旨の判決を求め其の理由として

一、申請人は昭和三十四年十一月姫路市茶町に於て牡丹湯と称する大衆浴場を経営している被申請人に雇傭せられ同浴場の釜炊きとして勤務し妻と八才を頭とする子供三人の五人暮しで右浴場の二階の一間(四畳半の間)に起居している

申請人は神戸合同労働組合姫路浴場支部所属の組合員であつて申請人は同支部の支部長であるが被申請人は昭和三十七年三月十三日申請人に対し解雇する旨の意思表示をなした

二、併乍ら被申請人のなした、本件解雇の意思表示は、左の理由によつて無効である

申請人の勤務状態は午前十一時三十分に作業開始翌朝午前二時に一日の作業が終ることになつていて其の内容は先づ右午前十一時半にオガ屑(燃料)を製材所に取りに行き午後一時半に其の一回分が終り二時から二回目のオガ屑取りに製材所に行き四時に終り直ちに三回目の燃料取りに行く(週一回は燃料運びは二回で終る)そして此の燃料運びの終るのが大体午後六時頃である釜の焚きつけも毎日午前十一時半頃にしなければならないそこで已むを得ず申請人の妻が釜焚き(約五、六分毎に燃料を入れる)をしている斯様にして申請人は燃料運びを終つてから釜焚きに専念するのである

大体当地方の大衆浴場の釜焚きは申請人の勤務状態と大同小異で勤務時間の不明確なことは殆んど全員である

斯様に申請人の所属する神戸合同労働組合姫路浴場支部従業員の勤務時間が不明確で非常識に長時間なので申請人は組合の決議を経て勤務時間の明確化、時間外手当の配慮、深夜手当の配慮を求めるため昭和三十七年三月十二日被申請人及び他の使用者(支部所属労働者の使用者)に対し要求書を出した

右要求書を出した翌十三日午後八時頃被申請人は申請人に対し「こんなゴツイことを色々と云はれたのでは風呂屋はやつていけない直ぐやめて呉れ」と即時解雇を云い渡した而も其の後色々折衝したが頑として応じないのみか即時解雇を申し渡し乍ら未だに解雇予告手当も出そうとしない

申請人は前述の通り労組支部を代表して支部員全員のために要求書を出したものであり且つ其の要求事項は労働基準法第一条第一項に拠り同法第三十二条第三十五条第三十七条等を厳守せられんことを中心とするものであつて此の要求以前に法律の規定により申請人等に与えられていなければならない労働条件なのである即ち申請人は被申請人に対し法律を守れと要求しているのである

被申請人は、これを嫌つて「そんな事を云う人は解雇する」と云うのである不当な解雇といつてもこれ程不当な解雇はないと謂うべきである

尤も事後に及んでは今後は子供に焚かすことにするのだから又はバーナーに切替えるのだから解雇するのだと云うけれどもこれは全く口実を設けているに過ぎない なるほど仮設的に重油バーナーを入れたけれどもうまく行つていないそれのみならずバーナーを装置したからとて人手がいらなくなる筈はない

又仮りに正当な理由があつて解雇するにしても本件の場合即時解雇を云い渡して置き乍ら解雇予告手当も支払つていないのだから此の点から見ても本件解雇は無効である

三、申請人の本件解雇当時の平均賃金は一ケ月金二万一千円であつて毎月末日に支払われる定めである

四、申請人は被申請人に対し解雇無効確認等の本案訴訟を提起せんとするものであるが申請人は被申請人より受くる賃金により生活を営んで居る労働者であり其の支払を得られない結果生活の脅威におびやかされているのみならず申請人は被申請人所有の別紙目録記載建物の二階四畳半の間一室を前記雇傭契約締結と共に無償でこれを借受け申請人の妻子と共に起居しているものであるが突然ここを追出されては忽ち困難に陥ること明かである

仍て申請人は斯る急迫な強暴を避けるため本件仮処分申請に及んだ次第であると陳述し被申請人主張事実はこれを否認すると述べた(疎明省略)

被申請人訴訟代理人は申請人の申請を却下するとの判決を求め答弁として

申請人主張事実中一、三記載の事実は認めるが其の余の事実はこれを争う

被申請人が申請人に対しなした本件解雇の意思表示は固より適法である即ち

(一)  申請人の労務は燃料の集荷、風呂の釜焚き、風呂の温度の調節維持、風呂の清掃であり毎日午後二時頃風呂を焚きつけ翌日の午前一時に終了するものである 申請人は風呂屋として一番御客が入り風呂の湯量温度の調節を必要とする午後六時頃より十一時迄の間再三職場を放棄し昭和三十七年三月に入つてからは殆んど出勤して居ない

申請人は此の事実を認め其の間妻が代替労務の提供をして居り業務に差支えないと主張するがこれはあく迄申請人の労務の提供とはなり得ないし申請人の職場放棄のため御客の苦情は引きも切れず水が無かつたり又風呂の温度が下り相当客の減少を来している代替労務といえども完全に労務は提供されていない女子供では無理な労働である

(二)  尚申請人は燃料の購入に際して一部のリベートを取る等不正行為をあえてしている

右(一)(二)の如き事実があるに拘らず解雇できないとすれば風呂屋の経営は成り立たない申請人の主張する如く要求が大きいからやめて呉れと云つたのではない、たまたまその時期に解雇を申し渡したに過ぎないのである、雇傭条件は或は労働基準法に適合しない点があるかもしれぬがこれは風呂屋の特殊事情によるものであり申請人は承知の上で雇傭契約を締結したものである

ボイラー設備による浴場の雇傭契約に於ける賃料は普通一万一千円乃至一万八千円である、住居を提供している以上当然の賃料と云えよう、圧力ボイラーと異り特殊技術免状は必要でなく女子供でも焚けるものでありこれに対する技術手当とはうなづけないし又諸手当についてもおよそ風呂屋という特殊職業に関してはにわかに妥当なる要求とは謂い得ない

(三)  被申請人は風呂屋経営上将来の必要性から昭和三十七年三月十四日バーナーを設備し人手は不必要となつたのである

併し乍ら申請人は本件解雇通達後総評の竹内某に其の仲裁を依頼し右竹内は申請人をして今後我儘な行動をしないようにするからと解雇の意思表示の撤回を申入れて来た

被申請人はバーナーを設備したため燃料たるオガ屑の収集は必要でなくなり従来通りの条件では他の業者と釣合いがとれないので給料一ケ月金一万六千円でなら申請人を再雇傭してもよいと答えたところ前記竹内からは右の条件でよいとの回答があつたが其の翌日二万一千でなければいけないと云つて来たため解雇のままになつたのである

尚予告手当、給料の残金に付いては昭和三十七年三月三十日に供託した即ち予告手当金二万一千円及び給料残金三千一百円である

申請人は待遇改善の要求をしたら被申請人は其のような要求を容れれば浴場経営は成り立たないからやめて呉れと云つて解雇したから不当解雇だと主張するが右の要求は既に昭和三十六年十二月に出たものであり本件解雇の主たる理由は申請人の十数日に及ぶ無届欠勤である申請人の勤務状態が不良なため経営上水揚げは漸減している有様である

叙上の如く被申請人のなした本件解雇は正当事由に基くものであり適法である仍て申請人の本件仮処分申請は却下せらるべきものと謂わなければならないと陳述した(疎明省略)

理由

申請人主張の一、三の事実は当事者間に争のないところである

申請人本人尋問の結果により成立を認め得べき甲第一号証証人竹内重昭同小林秀夫同香山厳の各証言申請人本人尋問の結果を綜合考察すれば

(1)  申請人は昭和三十六年九月に姫路一般労働組合に加入したこと

申請人は姫路一般労働組合を代表して昭和三十六年十一月頃年末手当一ケ月分、従業員の宿舎改善、労働時間の明確化の三項目に付き各浴場経営者に要求したこと

(2)  昭和三十六年から昭和三十七年初にかけての浴場従業員の労働組合結成並びに其の活動に浴場経営者達は脅威を感じていたこと

昭和三十六年末頃申請人の使用者たる被申請人が右労働組合と使用者側(団体たる浴場組合)との団体交渉の仲介をなしたこと

(3)  前記労働組合の組合員は昭和三十七年三月四日神戸合同労働組合へ加入し同時に申請人等は神戸合同労働組合の下部組織たる姫路浴場支部を結成し神戸合同労働組合姫路浴場支部の組合員は十二人なること

(4)  申請人の労務内容は燃料たるオガ屑の集荷運搬、風呂の釜焚き、風呂の温度調節維持、風呂の清掃等であり午前十一時半頃風呂の釜の焚きつけをなした後製材所から燃料たるオガ屑を大八車で集荷運搬し第二回目第三回目のオガ屑の集荷運搬を行いかかる態様で平均一日三回製材所から燃料を運搬して来るのを常とし其の所要時間は一回につき二時間程要したこと

午前十一時半頃釜を焚きつけた後は釜に約十分毎に燃料を入れなければならず申請人が燃料運搬に従事している間は申請人の妻がこの役割を果して来たこと

被申請人も永らくこの状態を容認して来たこと

斯様にして申請人は燃料運搬を終えた午後六時頃より午後十一時頃迄風呂の温度の維持調節に専念し翌日午前一時頃風呂の清掃を最後に職場から解放されること

(5)  当地方で浴場に釜焚きとして住込んでいる者の勤務状態は右と大同小異であること

(6)  また以上の如く浴場従業員の労働条件が極めて不明確不良で一般社会通念に反し労働基準法第三十二条第三十五条第三十七条等に違反している疑いが濃厚であるとし勤務時間の明確化、時間外手当の配慮、深夜手当の配慮を要求するため申請人は労働組合の決議を経て昭和三十七年三月十二日付で神戸合同労働組合姫路浴場支部所属労働者の使用者たる各浴場経営者に対する要求書を作成したこと

右労働組合代表は昭和三十七年三月十二日該要求書を各使用者に配布したが被申請人は右十二日昼間は不在で浴場も休業していたので翌十三日前記労働組合支部の書記長たる小林秀夫が要求書を再び持参したが矢張り被申請人は不在であつたため番台のおばさんこと福田初江に右要求書を主人が帰つたらこれを検討して返事してほしい旨伝えてもらいたいと語つて渡したこと

前記福田初江は被申請人不在中は一般的事務管理権限を委ねられて居り其の限りに於いては使用者を代理していたと認められること

遅くとも右十三日夕刻迄には何等かの方法で被申請人は前記のような要求がなされたこと及び其の内容を認識していたものと認められること

昭和三十七年三月十三日午後八時前後被申請人は申請人を其の職場に訪れ「あんなゴツイ要求されたのでは浴場はやつていけない、子供が代りに焚くと云つているからやめてくれ」と解雇の意思表示をなしたこと

前記支部書記長たる小林秀夫が被申請人に会つて右解雇理由を尋ねたところ「あのような要求書を入れるようでは浴場の経営はやつていけない、子供もこれを見て心配して手伝うと云つている」と語つたこと

(7)  また被申請人経営の牡丹湯に於ては昭和三十六年九月頃より釜から湯が漏れるようになり寒くなるにつれて益々ひどくなるので申請人は再三再四被申請人に釜の取替をするよう申入れたが応急修理をするのみで依然として毀損箇所は無くならず同年十二月頃より湯の漏れが一段とはげしくなつたので被申請人は昭和三十七年二月十日頃やむを得ず釜を取り替えるに至つたこと

井戸の調子が悪く昭和三十七年二月中旬には水が止つたので二月下旬頃に其の改善工事をなしたこと

被申請人が浴客からの苦情が絶えなかつたという昭和三十六年十二月から昭和三十七年三月初旬迄の期間は右の事由が存在した期間に該当すること

(8)  重油バーナーを使用すると比較的労働力が少くてすむようになること

被申請人は申請人に対し突然解雇の意思表示をなした昭和三十七年三月十三日の翌日たる三月十四日からバーナーの設備をはじめたこと

(9)  被申請人は外部に勤務先を持ち昼間は不在で浴場作業に専念することは不可能でありまた前示福田初江は番台の業務に専念して居り従つて申請人を解雇した後は労働力の不足を補うため一人の女性を釜焚き其の他の労務に従事させていること

被申請人は前記解雇の意思表示をなした後労働者側代表の強硬な抗議を受けた結果給料一ケ月金一万五、六千円でなら申請人を雇つてもいいと暗に労働力の不足を表明したこと

以上の事実を認定することができる被申請人提出援用に係る各疏明方法を以てするも右認定を左右するに足らぬ

被申請人は解雇の理由として第一に申請人が昨年(昭和三十六年)末以来本年二月にかけて午後六時以後も職場を時々離れ本年三月に入つてからは解雇されるまでの約半月間は風呂の温度調節をしばしば申請人の妻にまかせていたこと即ち勤務時間中の職場離脱を挙げているのでこの点に付いて考究する

就業時間中は労働者は完全な労働力の提供義務を負い使用者の許可を受けずに組合活動のために職場を離脱することは正当な組合活動の範囲を逸脱した行為ではあるが叙上認定の事実並びに口頭弁論の全趣旨に徴すれば

申請人が時には町へ遊びに行くことがあるかも知れないが職場を離れた主たる理由は組合活動のためであつたと認めることができる申請人は専従者のいない極めて小さな労働組合の最高幹部たる支部長の要職にあり昭和三十六年末の団体交渉昭和三十七年三月の労働組合の改組等の活動特に本年三月に入つてからは前記要求書提出のための討議決議其の他の準備活動のために比較的時間を注がざるを得なかつたことを推認し得べく而も勤務時間は午前十一時半頃から翌日の午前一時頃迄の極めて不明確な長時間であつて午後六時頃迄に三回の燃料運搬業務に従事せねばならず申請人はこの義務は果していたのでありまた昭和三十四年十一月以降昭和三十七年三月迄約二ケ年半の永い間申請人の燃料運搬中妻が釜焚き風呂の温度調節の役目を充分果して来て居りこの事実は被申請人も永らく容認して来たのでありいわゆる釜焚きはさして高度の熟練技術を要するものとは謂い得ず二ケ年余りの年月の間に申請人の妻は少くとも風呂の温度調節の技術はこれを習得していたものと考えられる

被申請人は風呂の温度湯量の調節が正常でなく浴客の苦情が絶えず客数が減少し非常な損害を受けた旨主張するが前認定の事実に徴すればこの原因は被申請人の牡丹湯の施設の不備によるものであると推認し得る

従つてかかる事情のもとに於ては申請人が妻をして一時的に労務を代つて履行させたとしても申請人に解雇に値する程重大な債務不履行が存在したものとは到底謂い得ない

被申請人は解雇の理由として第二に申請人が燃料代金の一部のリベートを受取る等不正行為をなしたものなる旨主張するが此の点に関する被申請人本人尋問の結果はたやすく措信し難く其の他被申請人提出援用の各疏明方法を以てするも右事実を認定するに足らぬ

さらに被申請人は解雇の理由として第三に重油バーナー設備をしたので女子供で充分となつた結果の人員整理であると主張するのでこの点に付いて考察する。

前段認定の事実に徴すれば重油バーナーを採用すれば労働力はかなり省けるがいわゆる釜焚き夫の労務内容は浴場釜焚き、燃料の運搬風呂の温度調節維持、風呂の清掃等であり燃焼装置をバーナーに替えただけでは職場が無くなつたことにはならず而も被申請人は矢張り其の後労働力の不足を補う方法を講じなければならなかつたのであり、さらに被申請人は突然申請人を解雇した日の翌日からバーナー設備に替えはじめたものであつて予め重油バーナーに替える確固たる計画があつたとは考えられず三月十三日突然申請人を解雇するに至つたに付いては何等か他の事情が存在したものと謂わざるを得ない

前段認定の事実並びに口頭弁論の全趣旨に徴すれば被申請人は申請人がかねてより姫路地方の労働組合の指導者として積極的に活動していたことに脅威を感じていたものであるが昭和三十六年末には経営者側と労働組合との間の団体交渉の仲介の労をとつたにも拘らず今回また前記要求書記載の如き要求を受くるに至つたので憤激し且つ一段と脅威を感じ申請人を当該企業から排除する意図をもつて申請人の職場離脱及び不正行為並びに企業合理化に藉口して解雇の意思表示をなしたものと認めるのが相当である

従つて被申請人のなした本件解雇の意思表示は明かに権利の濫用であつて無効であり申請人は被申請人の従業員たる地位を保有し被申請人に対し賃金を請求し得るものと謂わなければならない

而して申請人の本件解雇当時の平均賃金が一ケ月金二万一千円であつて毎月末日に支払われる定めであつたことは当事者間に争のないところである

また別紙目録記載建物の二階四畳半の間は申請人が昭和三十四年十一月被申請人と雇傭契約を締結すると同時に被申請人より無償でこれを借受け爾来申請人の妻子と共に右部屋に起居し来つたものなることは本件口頭弁論の結果に徴し明かであつて右使用貸借存続期間は雇傭契約存続中に限られ若し雇傭契約終了したときは速かにこれを明渡すべき約定があつたものと認めるのが相当である

解雇が無効であるに拘らず被解雇者として取扱われることは賃金生活者の著しい苦痛であり速かに其の地位を保全させなければ回復すべからざる損害を受くることは明かであり且つ前記部屋の占有使用を妨害せらるる虞あることも推認し得られるところであるから申請人が被申請人に対し本件解雇の意思表示の効力を停止する仮処分を求め且つ主文掲記の平均賃金の支払を求め別紙目録記載の建物の内四畳半の間に付き主文掲記の如き妨害禁止を求むる仮処分申請を認容すべきものとし訴訟費用の負担に付き民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する

(裁判官 関護)

(別紙目録、添付図面省略)

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